オランダ軍の侵攻をうけた

2011.06.29

一九〇六年、オランダ軍の侵攻をうけた当時のバドゥン(デンパサールの旧名)の王は、ここで短剣をかかげオランダ軍に立ち向かった。一六〇二年東インド会社を設立、一六一九年にはジャカルタをバタビアと改称、ここを東洋進出への拠点としたオランダは、強制栽培法を実施して香辛料とコーヒーの輸出を独占、以後三〇〇年間インドネシアを支配していった。オランダ統治時代はインドネシア受難の時代であったが、水田を奪われ、主食の米を失った農民の苦しさは大きく、民衆の蜂起による反乱が各地で続いたのである。ジャワ戦争(一八二五〜三〇年)、バドリ戦争(一八三〇〜一九三七年)もそのひとつだが、それは、ヨーロッパの近代的な装備に、素手で立ち向かうようなものであった。ププタン広場にも、自らの命を投げうった戦士の勇気を称える三人の像があった。短剣を上空に掲げ、長い槍を手にした上半身が裸の青年の像だが、抜けるような青空を背後に、身体にまかれた鮮やかな黄と白の彩りは、彼らの、純粋な祖国への思いを表現しているように思えた。広場の西側にあるジャガトナタ寺院に寄ってみた。バリでも代表的なヒンズー教寺院である。厚みと重量感のある赤いレンガを積み上げ、上部には手のこんだ彫刻模様が幾重にもある壁を抜けると、正面には、ヒンズーの最高神サン・ヒャン・ウィディが祭られている塔がある。この塔の祭壇は白いサンゴ石で出来ているそうだが、満月の夜になると信者が供え物を持って集まり、ガムランの鳴り響く中、神に敬虔な祈りを捧げる。